UZU・UZUインタビュー5

ふだんしゃべっている言葉で

さまざまな問題を語り合っている

風景に出会わないと、

ぼくたちは

現代社会を生きる自分たちの

問題としてそれを感じられないと思う。


 

平田オリザ(劇作家・演出家)

聞き手:吉川由美(えずこホールコーディネーター)

 

1997.3


 えずこホールでは、2月にワークショップを、3月には平田オリザ氏が主宰する劇団青年座の待望の「東京ノート」上演を行います。今、現代演劇界でもっとも注目されている劇作家、そして演出家の平田オリザ氏にお話をうかがいました。“オリザ”はご本名で、ラテン語で稲のこと。宮沢賢治の小説からお父さまがこのお名前をつけられたということです。

 

何か自己表現したい。演劇はそういう欲求に応えていけると思っています。

−世界一周を高校のときになさっていますね。中学2年ぐらいでやろうと決めていらっしゃったということですが、本当なんですか?

 ええ。自転車旅行が好きで、とにかく旅行好きな子どもだったので、そういう子どもならだれでもそうだと思うのですが、次の休みにはどこに行こうとか計画をたてていたんですね。北海道一周とかね。いろいろと計画をたてていくうちに、最後は世界一周だなと思いました。それを先にやるためには高校は行かなくてもいいと思いました。

−学校に行かないということに今でも世の中は抵抗を覚えますが…。

 うちの環境とかもあると思うのですが、うちの場合には、賛成もされませんでしたけど、頭ごなしに反対もされませんでした。今は、当時に比べたらだいぶ学校には行かなくてもいいという感じにはなったと思いますけど、先生なんかはやはり反対だったようです。でも、先生が反対できることでもないので世界一周したわけです。そしてその後、大学検定試験で大学に行きました。ぼくの場合はやりたいことがあるので学校は行かないという感じで、学校に行きたくないとか登校拒否とかではありませんでした。

 全国でぼくはワークショップをやっているのですが、けっこう学校に行っていない子や休学している子が来るということは多いです。高校演劇でも演劇部の顧問の先生方に言わせると、演劇部が保健室化している、逃げ場所になっているということなんです。演劇そのものから見ると、これは少し困ったことでもあって、表現の苦手な子が入ってくるということがあります。でも、逆に言えば、自己表現をしたいという欲求がすごくあるんだと思います。そこに来るような子どもたち、保健室に来るような子どもたちというのは…。ただの逃げ場所として演劇をやりに来ているのではなくて、やっぱり自己表現したいんだと思います。演劇はそういう欲求に応えていけるとぼくは思っています。もちろんそれは各々の子どもたちによって、音楽でもいいし、美術でもいいんですけれども、ぼくは演劇をやっているので、それが演劇だったらうれしいですね。学校に行く行かないは別にしても、自己表現にはいろいろな可能性があるので、自己表現が苦手な子どもたちにとっても演劇が一つの回路になればいいなと思っています。

 

自分の生活の中で新しいことを発見してもらうきっかけを

−仙南地域ではえずこシアターにたくさんの応募者がありました。全国的にこういう傾向があるんでしょうか?

 東京でも演劇に限らず小説なんかのカルチャー・スクールがあると何百人という人が来ます。読んでないのに書きたいという人達がどっと押し寄せます。演劇でも、こんなに劇団の応募者がいるんだったら、うちの劇団の観客ももっと多くてもいいのにと思うんですが…。演劇のワークショップなどは東京ではけっこう高いお金がかかるんですが、すごくたくさん人が来ちゃうんです。ここに何百人も人が来るんだったら、もっと観客が何万人にも増えていいのにという感じなんですけど…。(笑)どうもそうはいかなくて、自分がやりたい、表現したいという欲求がすごく強いんですね。それからよく聞くのは、自分を変えたいとかね。ただそれはぼくは良くない部分もあると思っています。そんなに自分というものは変わらないし、そんなに演劇がものすごい力を持っているともぼくは思ってないんです。催眠術みたいにして変えることは簡単にできるんですが、それはあまりいいことだとは思えません。演劇というのは確かにそういうふうに人間を変える力を持ってはいますが、それはよくないと思うんです。ぼくがワークショップをやる場合には、もちろん主催者の要望で中味は変わりますけれども、一日とか二日、多くて10回ぐらいで、地元に住んでやるわけではありません。だから基本的なことは地元の人に任せて、演劇のむずかしさとか演劇を通じてどう人間を見るかというところをぼくが話すことで、自分を変えるというよりも、自分の生活の中で新しいことを発見してもらうきっかけを作ろうと思っています。そのことで、生活が今までと少し違って見えてくるということが大切だと思います。

−コミュニケーションは、演劇においてとても大切なことだと思いますが。

 日本語というのは、知らない人と話すのが苦手な言葉なんですね。井上ひさしさんもおっしゃっていますが、日本語では褒め言葉、褒める語彙が少なかったりする。外国ではなんで知らない人にこんなに褒められるんだろうと思うくらい褒められることがあるでしょう?何か見つけて褒める。日本語はそういうことが苦手です。これは日本語が言葉の上で外国との交流がなかったからだといえます。近代の演劇、特に西洋の演劇はもともとギリシヤ演劇から始まるんですけれども、これは他人、知らない人とのコミュニケーションということが最初の基本になるんですね。日本語の苦手とするところを今まで見過ごしてきて、何かまずテーマを決め最初にテーマを見つけて演劇を作ろうとすると、シュプレヒコールみたいな演劇になってしまうんですね。コミュニケーションの演劇ではなくてただ客席に向かって何かを叫んでいるような感じになってしまい、舞台の上で何らかのコミュニケーションが成り立っているものにはならないんです。まずどれほど自分たちがコミュニケーションが苦手なのかということを感じてもらって、さっき言ったように演劇のむずかしさみたいなものを感じてほしいと思っています。ワークショップでは,それを感じてもらった上で,そこから芝居を作るということをやったりしています。どうしてもしゃべらなきゃいけないというような状況が日常にはありますよね。そういう状況を探してきてもらってそこから芝居を作るということをやるんです。

 おもしろいのはワークショップに参加している世代がばらばらのとき。最初はテキストを使って動きながらやったりするんですが、どうしても高校生の方が早くできたりするんです。すると、年配の人達は落ち込んでしまううんですね。ところが、集団創作でディスカッションしながら劇を作ってもらうとなると逆転が起こってくる。人生経験が豊富な方がいろんな経験があるわけですからアイディアが出てくる。ところが、高校生はやっぱり発想が単純で、頭の中で考えたり、テレビで見てきたこと、トレンディードラマくらいの発想なので、なかなかアイディアが出てこないんですね。人間三十、四十になれば、いろんな経験してますから、その中で、どうしても自分の感情を他人に言わなくてはならないという場面に直面しています。でも、高校生はそういう経験がないので、いきなり、コミュニケーションもなく単純なセリフが出てきちゃうんですね。そういうところで、年配の方が俄然優位になって逆転が起こったりすることがワークショップのおもしろいところです。

 

お客さんにはひとりずつ主体的に何かを感じとってほしい

−平田さんが主宰する劇団“青年団”の公演を見ていると、芝居がかっていなくてとても日常的な会話で成り立っています。俳優がセリフを述べるという従来の演劇の感じからは程遠くて、セリフが重なったり、とても短かったり。

 僕の演劇はぼくたちが普段暮らしている“普通”に近いんです。

 会話が重なったり、会話をさえぎったり、相槌が入ったり…。普通の会話ではこういうことが起こっています。普通という基準を私たちの生活の側に置いてみようじゃないかというのがぼくの演劇なんです。今までの演劇では、最初に書いた言葉の方が先にあって、それをいかにうまく表現するかが俳優の技術とされてきましたが、日本語の特徴は、助詞や助動詞によって会話することです。「〜だよね」とか「〜じゃない」とか…。主語よりも助詞や助動詞によって相手との関係、相手が目上だとか男性だとか女性だとかがわかるんです。そして、従来の演劇では一つのせりふが長いんですが、普段は「〜ですよね。」と投げかけたら、いったん呼吸して次の文章に入りますよね。だから日本語の特徴に基づいて、人間の生理に基づいたセリフを書こうじゃないかというのが、ぼくの方法論なんです。

 ワークショップで参加者にひとつの芝居を作ってもらうんですが、自分でセリフを考えなきゃいけないので、参加者は普段の生活で自分がどんな言葉をしゃべっているかを意識するようになっていくんです。その発見が、参加者にとってもぼくにとっても大きいんです。そのことを通 じて自分の生活を、自分を冷静に見つめ直してもらう機会になればと思っています。

−自分を変えるのではなく、発見をすることで自分が見えてくるということですね。

 近代芸術は、テーマとかが先にあって、たとえば、現代国語の試験で作者の言わんとしていることは?といった質問に、答えを引き出せるものでした。現代芸術は、それとは違ってひとりひとりの感想が違うものだと思います。ぼくは、演劇を通して、何かをメッセージとして伝えるのではなく、ぼくに見えている世界観を見せたいなと思っています。お客さんにはひとりずつそれに立ち向かってもらって、主体的に何かを感じとってほしいと思っています。現代社会を生きるぼくたちがさまざまな問題を自分たちのものとして捉えるには、自分たちが普段しゃべっている言葉でそういう問題を語り合っている風景に出会わないと自分たちの問題とは感じられないと思います。

−平田さんの独特な世界は、そんなところから出発していたのですね。ワークショップと青年団の「東京ノート」公演楽しみにしています。ありがとうございました。


平田オリザ/
1962年東京生まれ。青年団主宰・劇作家・演出家・こまばアゴラ支配人。 1979年、16歳で高校休学、自転車による世界一周旅行を敢行。一年半をかけ、26ケ国、2万キロを走破。1982年大学入学資格検定試験で国際基督教大学に入学。劇団青年団結成。戯曲執筆。大学卒業後、演出も手がけ、新しい演出様式による作劇を開始した。1989年よりこまばアゴラ劇場で、全国各地の小劇団が集うフェスティバルも開催している。1995年「東京ノート」で第39回岸田國士戯曲賞を受賞。日本劇作家協会理事・副事務局長。


▲94.5上演「東京ノート」より  

劇団 青年団/
1983年結成。新しい言文一致体を目指した「現代口語演劇理論」とその実践形態である新しい演劇様式により、現在、大きな注目を集め、また若い世代の演劇人に大きな影響を与えている。“ときに聞き取れないような小さい声でしゃべる”“複数の会話が同時に進行する”“役者が観客に背を向けてしゃべる”などが、青年団の演劇様式の外見的な特徴として挙げられるが、それはすべて、これまでの演劇理論を批判的に見直し、日本人の生活を起点に、今一度劇的な空間を再構成していこうという考えに基づいている。明晰確固とした理論に基づき、演劇の枠組みそのものを変えるような、新しい表現を作り上げるべく活動している。


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