UZU・UZUインタビュー

特集 えずこサロン

戦後、日本はずっと貧しかった。

豊かになったとたん、

夢を持てなくなった。

幸福感を失ったと思います。


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山崎 哲(劇作家・演出家)

聞き手:今野 東 (フリー・アナウンサー)            1998.3.18


 文化芸術の第一線で活躍している方々を囲んで、生きた芸術にふれ関心を高めていただこうというえずこサロンの第1回目が去る3月18日に平土間ホールで開催されました。リラックスした雰囲気の中、山崎哲さんと今野東さんによる現代のさまざまな問題に迫るお話は、参加者の心に深く残るものでした。

心の振幅が小さくなっていく だから時々大きな刺激を 欲しがることになる

今野 最近はさまざまな事件が起こっていますが、山崎さんは実際の事件を素材に話をお書きになっていますよね。犯罪を犯した人たちに山崎さんは時折いとおしそうな目をふりそそぎますよね。

山崎 ちょっと悪いことをしちゃう子とかどうしようもない子、マイナスイメージを持ってる子にぼくは惹かれちゃうんですよ。同世代だからお分かりになると思いますが、学生運動のときにアジテートする学生には2通りいたと思うんです。論理でみんなを引っぱっていくタイプと今にも倒れそうな一緒にいてやらなきゃと思わせるようなタイプです。後者はすごい才能だと思うんです。

今野 それも才能なんですか?

山崎 そういうのもアジテーターだと思います。そういうあぶなっかしい人間の魅力ってあると思います。犯罪者には、あぶなっかしい人、ほっとくと何するか分かんないような人が多いと思います。そこに妙に惹かれるところがあるんです。芝居に例えても、うまい人に必ずしもいいよなあと思うわけじゃないですよね。下手なんだけどどうしようもなくいいよなあと思うことがたくさんあります。たとえば、小さい子の芝居なんかを見て大丈夫かなとはらはらしたりする。でもそういう人ってものすごく魅力がある。それが僕の感受性なのかなあ。

今野 本当にさまざまな事件が起きていますが、オウムの事件のころは僕ら報道する側にもある種の熱みたいなものがありました。とんでもないニュースが入ってくると、伝える側も妙な興奮状態になることがあります。さあ、来いみたいな。

山崎 日本は高齢社会。それは人間でいうと老人です。社会自体が老人の段階です。年とっていくといろんな経験をふんで来ますから少々の刺激では気持ちが動きませんよね。心の振幅が小さくなっていく。それがどんどん小さくなって、動かなくなることが「死」です。今の社会自体、動きが非常に少ないわけですよ。そうすると僕らの内面が死んじゃうから時々大きな刺激を欲しがることになる。体や気持ちが生き返るんですよ。僕の若いころは、社会の動き自体が大きかったから、街に出ていけば生き生きできたんですね。別に大きな事件が起こらなくても。あれから30年、本当に日本の社会は年とったなと感じます。心が波立たなくなった。

豊かなのに幸福感がないことが問題なのでは?

今野 そこらへんが犯罪にいろんな形となって表われて来ているんでしょうか。

山崎 それは大きいと思います。酒鬼薔薇聖斗や宮崎勤は、若いのに非常に心が老いている。心の動きがないんですよ。酒鬼薔薇の供述書を読むと、人を殺したことをどう思うかという取り調べ官の質問に、「なんとも思ってません。何も感じません。」と平気で言っちゃう。宮崎なんかもそうです。体は若いんだけど気持ちが老いているんだと思うんです。

今野 こんなものの豊かな中で育った子どもたちが、おじいちゃんみたいになっちゃうのは悲しいですね。

山崎 悲しいですね。社会の動き自体が小さいわけだから自分の体はその社会の動きを身体化する。当然子どもからすると、体の中の動きは社会と同じような動きしかないわけですよ。だから老いるのだと思います。でも、日本がこれだけ豊かになったことは悪くないと思います。問題はその豊かさをどういうふうに生かすことができるかという文化の問題だと思います。

今野 そういう文化の度合は低いんでしょうね。

山崎 低いですよね。芝居なんかもろに出ます。僕ら若いときに東京で芝居やっても千人も客はいなかった。80年代に入ると、僕らの劇団でも5、6千人が入るようになりました。昔は身銭をきってやっていたので非常につらかったんですが、客が入るようになるとそういう苦労はないわけですよ。だから一生懸命稽古していい舞台ができるんじゃないかと思いますよね。にもかかわらずそうならない。豊かでお金や時間に余裕があるのに。そういうことが問題じゃないでしょうか。普段の僕らの生活の実感でいうと、生活的には何一つ不自由していないんだけれど、じゃあ幸せかというとうーん考えちゃうということがありますよね。豊かさが必ずしも幸福感になっていないということが問題なんじゃないでしょうか。

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今野 僕は5人兄弟の一番下で、食べるものもあまりない時代でしたし、納豆の豆がなくなって器についたぬめりだけでご飯を食べました。(笑)生卵だって1個を2、3人で分けたりして。

山崎 でも、貧しかったからといって不幸な感じはしませんでしたよね。

今野 ないない。楽しかったですよ。少し足りないくらいの方が世の中っていいんですかね。

山崎 僕は足りてる方がいいと思いますよ。ただ、日本人は貧乏には強いけれども貧しさには弱いんじゃないかなと思うところがあります。戦後、日本はずっと貧しかった。おとうさんもおかあさんも一生懸命働いて、もうちょっといいもの食べたい、着たいと思ってやって来た。そういうエネルギーが日本を豊かにしたと思うんです。貧しかったから、そういうエネルギーを持てた、夢を持てたと思うんですが、豊かになったとたん、目的というか夢を持てなくなった、幸福感を失ったと思います。

今野 日本人は金持ち似合わないんだ。(笑)

山崎 金を何に使えば幸福になれるのかなかなかわからないんだと思うんですよ。経験がないから。

今野 コンサートや芝居にも結婚する前はよく来るけど、結婚したとたんに来なくなっちゃう。 文化とか芸術とか楽しもうという気持ちがなくなっちゃうんですかね。

山崎 僕がサラリーマンで子どもができたら芝居なんか見に行かないかもしれないな。演劇というより、村芝居とか映画とか落語とかなら見に行くかもしれないけど。日本の演劇はプロレタリアート演劇から始まってますから、社会を何とか変えて行こうという側面を負っていたと思います。だから、昔の演劇なんかは「明日明るく生きましょう」という感じで学校で説教されているような気分になりました。

今野 僕の中にもそういうのあるな。芸術はメッセージがあった方がいいと思っているところ。

山崎 僕は唐十郎の劇団にいたんですが、22のとき、唐さんがテントでやった芝居を見て、あっと思った。昔僕が住んでいた町は炭鉱で、そこにはどさ回りの劇団がいっぱい来たんです。うちのおやじはその劇団を自分の家の庭に呼んで興行させたんです。それをおふくろの膝に乗って、小さい時に見ていた。おれの原点はここにあると、唐十郎のテントの芝居を見て思ったんです。あ、そうなんだ村芝居やってもいいんだと思った。だったらおれも演劇できるかなと思って…始めたんです。それだと説教くさくなくていいじゃないですか。本当にこういうホールもそうです。そういうふうに機能していくといいと僕は思います。

今野 僕の母親の弟が旅芸人一座の座長で、全国を回っていたんですが、お父さんにお世話になっていたかもしれませんね。

山崎 そうですね。東京に出てからも、僕は小劇場なんか見ないで、下町の玉三郎を見に行ってました。

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▲98.3.18 えずこホールにて

日常の中の異界体験は とても大切なこと

今野 しかし、犯罪とどこかつながってますね。ハイソなものよりも地べたで暮らしている人達のにおいが好きみたいな。

山崎 小さい時にそういう感性が刷り込まれているんだと思います。僕は、芥川龍之介の「トロッコ」が好きなんです。あそこに出てくる子どもは坑夫についてトロッコを押して行く。ふと気づくと自分がとんでもないところに来たということがわかり、わあっと泣きながら走って我が家に帰る。それだけの話ですが、ああいう体験を今の子どもはできないだろうなと思うんです。民俗学的に言いますと、異界です。異界体験みたいなものはとても大事だと思います。今はそういう体験ができない。できないとどうなるか。酒鬼薔薇はタンク山に登ってホラー的な世界を作りました。自分だけで想像して、社会から自分を隔てて異界を作ろうとしていくわけです。宮崎もオウムもそうだと思います。異なる世界を作って一生懸命体験しようとする。僕らから見ると、そういう不幸な形でしか異界を体験できなくなっている。日常の中で異界を体験できなくなると、犯罪とか非行とかいう形でそれを体験しようとしてしまうのではないかと思います。酒鬼薔薇は人間の死とは何ぞや を知りたくて、動物をなぐり、刺し、なぐり に興味を持ったといいます。「死」とは何か殺して、ゆっくりと「死」を実現していく。僕らは病院で生まれて病院で死にますよね。「死」を観念では知っているけれども実際には全く知らない子が多い。人間の命は大切だとか、死とは大変なことなんだと、いくら子どもたちに教えても、理屈ではわかるけれども体の実感としては全くわからないと思います。それをわかりたいと思ったときに、どこにもわからせてくれる場所がないから、自分でそういう場所を作ってわかろうとするのだと思います。

今野 こうしてみると子育てはむずかしいですね。

山崎 信じてあげることだけですよ。子どもを信じていれば大丈夫じゃないですか?そして、子どもが能動的に何かをできる場所と時間をたくさん作ってあげるといいんじゃないでしょうか。

 

この対談は3月18日にえずこホールで行われたえずこサロンでの対談をまとめたものです。対談の後、山崎さん、今野さんとご参加のみなさんは親しくお話を交していました。おふたりともありがとうございました。


山崎 哲/やまざき てつ
1946年宮崎県生まれ。菅孝行、唐十郎らの劇団 で演出助手を経た後、1971年劇団「つんぼさじ き」を旗揚げし主宰する。1979年同劇団解散後 1980年に劇団「転位21」を結成し現在に至る。 1982年「うお傅説」「漂流家族」で第26回岸田 國士戯曲集受賞。1987年、「ジロさんの憂鬱」 「エリアンの手記」「まことむすびの事件」で第 21回紀伊國屋演劇賞を受賞。立教大学助教授教え 子殺人事件を題材にした「うお傅説」以降、パリ 人肉殺人事件、連続幼女誘拐殺害事件、オウム真 理教事件など実際に起きた事件をテーマに<犯罪 フィールドノート>と呼ばれるシリーズを上演し 現代を生きる人間の内面を鋭く描き続ける。現在 テレビでコメンテーターをつとめるなど、メディ ア評論家としても活躍している。

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今野 東/こんの あずま
1947年宮城県塩釜市生まれ。 番組制作会社を経てフリーアナウンサーに。 1992年小説「相澤村れんげ条例」で日本文芸大 賞現代文学新人賞受賞。 現在デイトエフエム、東北放送ラジオなど多くの 番組に出演。明るい語り口、辛口のコメントが好 評を博している。民話を素材にして「民話寄席」 を主宰。日本文芸振興会理事。


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