本番は通過点であり、ゴールではない。
これからの10年へ向けて今何をするかが大切。


2月に入ると、総合演出の野村、倉品、矢内原のほか、美術の藤浩志が小山田徹(美術)、泉山朗土(映像)と共にえずこホール入りし、少し遅れてきむらとしろうじんじんが到着すると、えずこホールには、毎日がお祭りの舞台裏のような、少しの緊張を孕みながらとてつもなく活気に溢れた場が醸成され、連日連夜至る所で創造力が奔流となって吹き出し、それは本番まで止まることなく続いた。


本番前2週間を切っても、各幕の構成は確定していない。一方で作り込みの作業をしながら、一方では新たなアイディアを試し新展開の模索が続いた。舞台美術の藤はそんな野村のやり方を旧知の付き合いで熟知しており、大枠の構成で進められる部分を判断し、できるところから着々と製作を進めた。

まず手掛けたのは温泉絵画の緞帳。住民スタッフが1日がかりで作ったブルーシートと新聞紙の未完成作品をたった数時間で見違える作品に仕上げ、周囲にいた人たちをあっと驚かせたのを手始めに、通常の舞台美術では考えられないような装飾を、小山田徹、住民スタッフたちと協働で黙々と作り上げていった。


今回の出演者は総勢約300人、そのうちつくしの会児童合唱団、船迫中学校吹奏楽部、白石女子高吹奏楽部、大河原商業高校ギター部など地域の児童生徒が約150人参加しているが、彼らとのワークショップや稽古は、負担をかけない形ということで、野村が練習会場や学校の部活に足を運ぶという形で1年前から着々と進めてきた。

彼らの演奏曲は今回のためにワークショップで作曲されたものでありもちろん彼ら全員が曲づくりにも参加している。そして、彼らがえずこホールのステージに立つのはゲネプロと本番の2回のみ。それでも野村に不安はなかった。1年かけて関係性をつくり、彼らが十分に高いモチベーションと表現力で演奏に集中できるという確信を持っていたからだ。果たして彼らはたった一度のゲネプロで素晴らしい演奏を披露し、それは2日目では初日を凌ぐパフォーマンスとなった。


2月11日本番6日前、初めての通し稽古を経て、ようやく全体の流れが見えてきた。しかし、野村は翌日からも作り込みの作業をしながら、一方で本番直前まで新たなアイディアを試し続けた。「公演の本番は一つの通過点であってゴールではない。これからの10年へ向けて今僕たちが何をするかが大切」と語り、完成形を目指すのではなく、えずこの未来へ向けて種まきをするという視点で作品作りをしていることを参加者に伝えた。

また「おかえりなさい。をコンセプトに、プレ公演参加者、本公演のワークショップ参加者で今ここに来ていない人に、帰ってきて皆で本番のステージに立とうと声がけしよう」と参加者に呼びかけた。通常、公演の稽古に参加していない人を公演のステージに上げることはない。

しかし、野村は、10周年公演に前の段階で係わった人、係わろうとして何らかの理由で係われなかった人にも居場所をつくり、皆でえずこホールの10周年を祝いたいと考えたのだ。もともと第五温泉は、観客を含めホールに集った皆で10周年を祝うという舞台設定になっているので、さまざまな関係者が登場することに違和感はない。

野村、倉品、矢内原、そして多くの参加者がメール、電話で呼びかけた結果、本番数日前の稽古から一人また一人と、次々に懐かしい顔がホールに戻ってきた。そして本番前日の稽古の最後に、プレ公演の最後で歌い踊った「ほうこうざい」を皆で練習した。

当日パンフレットの表には、印刷入稿締め切りぎりぎりに次のコピーが書き加えられた。

〜えずこホールによく来る人も、初めてくる人も「おかえりなさい」。えずこホールはいつでも誰でも、楽しく、喜びを分かち合える「広場」。「十年音泉」はその広場から湧き出る喜びに溢れたエネルギーの泉。〜

そして、企画・制作/えずこホール(仙南芸術文化センター)、ホールに集う人々とクレジットを入れた。

 
 
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